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慢性腎炎と潰瘍性大腸炎/2つの難病を克服した私の健康法

慢性腎炎・潰瘍性大腸炎との壮絶な闘いの末に私が得たもの








慢性腎炎と潰瘍性大腸炎/2つの難病を克服した私の健康法















購入者様の声



 ●大阪府  住吉区 Hさん
 潰瘍性大腸炎を発症し20年になります。
 闘病記を読ませて頂きとても感動致しました。
 どうしても弱気な人生を歩まざるをえなかったのですが前向きな人生への転機になるもの
 だと思います。
 何事も最後まで諦めないことの大切さを認識させて頂きました。
 これから生きてゆく心の糧にしたいと思います。
 同病の方にも是非ご紹介したい一冊です。
 どうも有難うございました。

 ●大阪府住吉区 Mさん
 慢性腎炎を病んで四年になり、人工透析をしなければいけないと勧められていますが、
 「人工透析せずに……」との記事に、 興味があり購読してみました。
 成る程、そんな事もあるんだと 感心致しました。

 ●京都市北区 Uさん
  私は50才の男性です。
 最近便秘がちになったり、下痢になったりを繰り返し、困っていた矢先、「二つの難病を克服した
 私の健康法」を読んで見て、成る程、大腸と性の関係だなと判断できました。
 性に焦りが出て、肉食の取りすぎ、神経の過労などでした参考になりました。

 ●東京都荒川区 Sさん
 難病を克服した健康法を購入し、納得いくものが得られました。
 私は30歳代半ばの時に潰瘍性大腸炎を患い、2ヶ月入院し、その後6ヶ月後に再入院という
 経験があります。なにかの参考にと思い購入いたしました。これを読んで非常に今までと違った
 考え方の必要性を悟りました。
 私の病気を考えた時に、全くその通りだと思い当たる事があります。有り難うございました。

 ●石川県金沢市 Tさん
 この体験談を読んで諦めない勇気をもらいました。今までの不安から抜け出した気分になりました。
 久しぶりに熟睡出来ました。有り難う御座いました。頑張ります。

 ●福岡県福岡市 Aさん
 非常に参考になりました。それにしても、一年間も○○○○の食事を続けたと聞いて、驚きました。
 大変な努力をされて、発想も取り組み方も参考になります。




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はじめまして佐藤孝と申します。
私は、今年で76歳になります。ですが、まだ現役でばりばりです。老いていくどころか、ますます、体に元気がみなぎり、若々しくなってくような気がしています。
仕事の都合上、私は車で一日に数百キロ走ることもよくありますが、最近では身体がますます軽くなり、疲れ知らずとなりました。
髪の毛も、皆が「それはかつらですか?」と驚くぐらい、ふさふさとなりました。
皆、私の年齢を聞くと、びっくりして、決まってこういいます。

「信じられない・・・・・・」
「まだ60歳前後でしょう?」









・自宅で孫達に囲まれて(平成19年8月)
・山にドライブの途中(平成19年4月)



平成9年(66歳の時)には、2軒目のホテルもオープンさせました。








・自己所有ホテルの前にて(平成18年4月)
・ホテルに宮尾すすむ来店(平成12年6月)




もちろん、昔からそうだった訳ではありません。
昔の私は、髪の毛は30歳で抜け落ちるなど、病弱でした。

昭和46年(40歳の時)には、厚生労働省が難病として指定した慢性腎炎を煩い、約10年の歳月を病気で苦しみました。
昭和60年(54歳)の時には、潰瘍性大腸炎と診断され、大腸を全て削除し、袋をつけなければならないと宣告されました。







・上記は、髪の毛が抜けてしまった時の写真。昭和42年4月(36歳)撮影








私が透析をしなければならないと言われた当時、透析をした患者の方の平均余命は10年程しかありませんでしたが、私は透析をせずに、既に30年以上元気に生活を送っています。

私の知人には、私と同じように大腸を切除して、袋をつけている知人の方が何人もいましたが、皆、私よりも若くして先立っていきました。

何故、私ばかりが、病院にもかかることなく、長生きの生活を送ることができているのでしょうか?

その理由を一言で言うと、








ということに尽きると思いますます。

私が、いかなる人生を送り、いかなる闘いを病気と繰り広げたか?
私が考え、体験してきたことをテキストにまとめました。

私も死ぬほど苦しんだ、慢性腎炎や潰瘍性大腸大腸炎で苦しんでいらっしゃる方、
その他この世に存在する多くの難病で苦しんでいらっしゃる方、

是非とも、一度、私のテキストをお読み下さい。
必ずや、参考になることが多々あると確信しております。




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昭和46年 当時、私の生活パターンというのは複雑で、今から思い出すと無茶な体の使い方をしていたと思います。
私は会社を倒産させ、一からの再スタートとして、鉄工所での煙突掃除に始まり、タクシーの運転手、住宅販売等々様々な職業にチャレンジしてきました。
若さ故、過酷な勤務にも耐え、無茶な体の使い方もいとわず全力で走っていました。
男ならば、誰しも将来の展望を抱き家族のこと、自分自身のことを考え、あらゆる目的の達成を希望しているのが普通ではないかと思います。その時の私もそうでした。

そんな、40歳のある日のことです。
その時、私は住宅販売の仕事をしていました。
会社に向かう車の中で、私は背中にいやな鈍い痛みを感じました。
表現の出来ない痛みでした。
背中のどことは言えないのですが、チクチクとした痛みがどこからか伝わって来るのです。
私は、そのまま会社にはいかずに病院に向かいました。
その時は「尿管結石ではなかろうか」と診断され、病院で注射を打ってもらったところ、痛みがなくなったので、これで治ったと安心していました。

しかしそれから1〜2週間経過した頃、夕方になると手足がむくむのに気が付きました。
程なくして朝起きた時からむくんでいる状態になり、そのむくみも全身に広がって来ました。
これは普通ではないと判断した私は、再び、先日の病院を訪れました。
そこで医師からは、「即、入院して下さい。」と告げられました。
私は、入院と聞き、仕事の事も気になり、
「どのくらいの期間入院するのですか?」と尋ねたら、
「経過を見ないと判断出来ません。これから入院して色んな検査をしましょう。」といわれたので、「それはどういうことですか?」と聞くと、
「尿の中に異常な量のタンパクが降りているので、これが止まれば急性腎炎でないでしょうか」という話でしたが、
結局はネフローゼ症候群と診断されました。

その時、私は2〜3日位寝ていれば治るものだと思っていました。
当時、健康に対する何の知識もなかった私は、それがどのような意味をもつかについてすぐには理解出来なかったのです。
しかし体調が良くなるどころか、階段を上がることも苦しくなるにつれ、自分の置かれている状況の深刻さに気付き始めました。
ネフローゼ症候群から慢性腎炎に移行しとの診断を受けたある時、病院側が血管の圧力を計りはじめました。
私は「一体、何をするのですか?」と医師に尋ねたところ、「透析のために管を入れる準備をしているところです」と返答でした。
その言葉を聞いた時、一瞬、目の前が真っ暗になりました。
もう私の人生は終わったと思いました。
しかし生まれつきポジティブな私は、すぐに思い直しました。

「透析をしたら、もう仕事はできなくなる。そんな状態で生きていても仕方がないではないか?よし、自分で絶対に治してみせる! この世に不可能はない!!」

それから私と慢性腎炎との闘いが始まったのです。
そして約10年かかりましたが、私はついに慢性腎炎を完全に克服することに成功したのです。





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慢性腎炎との闘いに打ち勝ち、再び、仕事に邁進していた折、ある時、非常に匂いの強いおならがでることに気付きました。
「何だろう、この匂いは?」と思っていたら、今度は、血便がではじめました。
それもまるで水のような状態で血液がどっとではじめました。
それで慌てて、なんとか下っている血便が止まらないかと思い、近くの病院の外来へ駆け込みました。
そしたら、「これは、あなた、大変なことなんですよ。これは潰瘍性大腸炎という難病なんですよ。このまますぐ、入院して点滴をしましょう」と医師より言われ、入院となりました。
入院してすぐに、「明日、胃の検査もしましょう」と医師から言われたので、以前、私は胃カメラが喉より入らなくて看護婦さんが3人もして胸を押さえ、頭を抑え、大変な苦しみを味わっていたことを思い出し、”今、このだるい身体に胃カメラを飲むことは逆にマイナスになる、そもそも、大腸と胃と別なんだから、胃カメラを飲む必要性がどれだけあるのだろうか”と考え、「胃カメラはは辞めて欲しい」と医師に言いました。
それに対し医師は、「大腸と胃とはつながっている、だから胃の方もカメラを入れて検査する必要があるのです」と言いましたが、自分の主張を負けない私に対し、「そこまで言うのであれば、明日は胃カメラは中止しましょう」という話で決着が付きました。
ところが、翌朝、食事が私の方に来なかったので、食欲がないから出ないのかとも思いましたが、もしかしたら胃カメラの検査の話が進んでいるのではないかとも思い、看護婦さんに「まさか胃カメラの検査になっているのではないでしょうね?」と尋ねると、「胃カメラの検査になってますよ」という返事でした。
私は驚き、「それは間違いではないですか?」と念を押すと、「そこまで言うのであれば、医師に言って下さい!」と語気を荒げて看護婦が言ったので、この病院はもうダメだと思い、ふらふらの身体にむち打って私はさっさと荷物をまとめて、その病院を出ました。
そして違う病院に行って事情を話をしたところ、「あなたも大胆な性格ですね。とにかく、大腸が薄くなっていつ破裂するか分からない状態です。大腸が破裂したときには腹膜炎を併発し、命を落とす危険性もあります。とにかく安静にしていてください」と言われ、そこでも即刻入院となりました。
ただ、そこの病院のベッドには空きがなかったので、待合室に急遽、仮ベッドを設置してもらうことになりました。
それからというもの、私は3日間、点滴を受けました。
お尻からカメラを入れて、検査も行われました。やはり潰瘍性大腸炎は深刻な状態で、 大腸を切除して袋をつけなければならないと宣告されました。それも私の場合は大腸の横行結腸から切除して上行結腸から人工肛門を取り付けるという医師からの指示でした。(すなわち、私の場合は大腸を全て切除ということです)。

普通なら、医師の指示に従い、大腸を切除する方が大半でしょう。事実、私の知人にも、潰瘍性大腸炎で大腸を切除して袋をつけた知人が5人ばかりいます。(ほとんどの方が亡くなりましたが・・・・・・)

しかし、私は違いました。

「治らない病気はない。この病気を必ず克服してみせる!」と決意していました。

入院しながら、私は家族に書店にある大腸に関する医学書をできるだけ買ってきてもらい、必死に研究しました。”健康というものはどういうものか?””人間の身体とはいかなる性質を備えているか?””ついて研究を重ねました。即刻、家族の協力も得ながら、独自の治療を試しました。
そして、ついにはこの潰瘍性大腸炎をも完全に克服することができたのです。

この病院では、金沢大学より医師が週に1〜2回、診察にやって来ています。ある時、大学の医師がカルテを見ながら、付いてきている看護婦に、「カルテではこの患者、潰瘍性大腸炎となっているが、カルテが違うんじゃないか?」と言いました。
その時の私は、入院した前の状態とはまるで別人のように異なっていたのですから、医師がそう思うのも仕方がないことでしょう。
カルテや治療記録を吟味し、確かに私が潰瘍性大腸炎と診断された本人に間違いないということを知り、首をかしげて不思議そうに一言、言いました。

「世の中には、奇跡ということがあるんだね」







・潰瘍性大腸炎で入院した時の写真






病気を克服してからというもの、私は今まで以上に全身に力がみなぎり、2つのホテルを建て、さまざまな発明に取り組み、また、余暇には絵をたしなんだりという充実した人生を歩んできました。
また、70歳を過ぎてからは、ストレス解消のための健康器具の開発に全勢力を注いでおります。
特に、私が発明した健康器具KURUKURU(特許第 4017614号)は、地元で評判となり、県の工業技術センターと金沢工業大学との共同研究もスタート、NHKでも取り上げられるなどして、脚光を浴びつつあります。








NHKに街の発明家として出演した時の映像(2004/4/22)






*座りながらにして運動できる健康チェア
*副交感神経を刺激する回転ベット







★私が開発した健康回転ベット
富山県工業技術センターにて、その効果が注目され、県及び金沢工業大学との共同研究がスタートしました。
その成果は学会で発表され、好評を博しました。
なお、この回転健康ベッドは回転式健康維持増進装置として、平成19年9月に特許取得しました。(特許番号第4017614号)










何故、人は病気になるのでしょうか?
医師の指示や処方に疑問がありませんか?
どんな病気にしろ、病気にかかるとは原因があると認識する事が大切です。
現在、何らかの病気に悩まされている方々、このテキストをお読み頂ければきっと役に立つでしょう。
たった一つの大切な命です。不安や恐怖を追い出しましょう。
人の体は永遠に生きる事は出来ませんが、天が与えてくれた期間を生きる事、自分の寿命を全うする事が当たり前である事を認識する事です。

不幸にして病気になる人、そして治る人とそうでない人がいます。
一体それはどうしてなのかといつも考えています。

私が病気になって不安と恐怖の中、 でも、必ず良くなるものと信じながら生きることに一生懸命でした。
第二次世界大戦の時に旧満州国で、敗戦の混乱の中、食べることもままにならず命の保証もない経験した私にとって、生き延びた喜びを考えた時、人には天命があるものと信じ、最後の最後まで生き延びるぞ!と心に決め、乗り越えました。
その事がいかに重要な事であるか、今、闘病生活を送っている方々に是非話しをしたいと思います。

難病にはそれなりの原因があります。
私が慢性腎炎で透析治療を拒否して20年、今、この様に健康で生きている事が出来るのもなぜでしょうか?
その後も、私が潰瘍性大腸炎を発病し、医師に「大腸の横行結腸まで切除しないと助からない」と言われたがそれも拒否して、今では完全に治癒しました。

健康でいる時にはそのありがたさに気付く事はなく、そして、健康に対する意識も薄れているのが現状かもしれません。
しかし、一番大切にしなければならないもの、それは他でもない自分自身・自分自身の健康である事を再確認して頂きたいと思います。


























◆商品の内容(テキスト全70ページ)


商品名:2つの難病を克服した私の健康法〜慢性腎炎と潰瘍性大腸炎との壮絶な闘いの末に私が得たもの


<目次>
・ 生い立ち 3
・ 変化がやってくる 7
・ 母の実家での生活 8
・ 満州での生活 10
・ 避難 16
・ 疎開地 19
・ 義父の死 20
・ 義父の教え 23
・ 引き揚げ 25
・ 母の教え 27
・ 自立への第一歩 31
・ 豆乳製品の第一号許可 33
・ 独立する 34
・ 慢性腎炎の兆候 36
・ 治療 39
・ 透析 40
・ 回想 43
・ 独自の治療法 46
・ 食生活の変化 49
・ 母の死 53
・ 潰瘍性大腸炎の兆候 56
・ 病状 59
・ 独自の治療法 62
・ 今後の目標 64
・ 病気の原因 67
・ あとがき 68










ページ数:70ページ


発行形式:ダウンロードのみの販売となっております。(パソコンにダウンロードして印刷等してお読み下さい。)


定価:1500円(税込)






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  1. 2008/08/07(木) 09:28:17|
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